老化の分子機構
個体老化とは、加齢に伴って生じる全身性の機能低下(組織・器官の老化)のことです。一見、個々の組織においてランダムに生じている様にみえる老化ですが、実は厳密な遺伝子制御のもとで進行する全身性プログラムであることがわかりつつあります。一方で、老化の速度やタイミングに個体差がある理由や、老化の進行がどのように開始するのかについてはほとんどわかっていません。近年の研究により、個体老化を引き起こす原因の一つとして、「細胞老化」と呼ばれる細胞変化が注目されています。細胞老化とは、テロメア短縮、DNA傷害、がん遺伝子の活性化といった異常に応答して、細胞周期を不可逆的に停止させる細胞応答です。
これまでに当研究室では、細胞老化やそれによって誘導されるSASP(Senescence-associated secretory phenotype)がショウジョウバエにおいても進化的に保存されていることを世界に先駆けて発見してきました(Ohsawa et al, Nature, 2012; Nakamura et al, Nat Commun, 2014)。さらに、細胞老化を誘導するのに必要十分な細胞老化のマスター制御因子として、Ets1/2転写因子のショウジョウバエホモログであるPointedを同定しました(Ito & Igaki, Sci Signal, 2021)。これら約10年にわたる細胞老化研究の成果として、ショウジョウバエ腸の特定の領域に、個体の加齢状態を監視し、個体老化をトリガーする「老化責任細胞」が存在することを発見することに成功しました(未発表)。ショウジョウバエ解析系のアドバンテージを生かして、この老化責任細胞が個体老化をどのように誘導するのかを理解すると共に、全身性の老化制御における組織間ネットワークを解明することを目指しています。さらに、京都大学iPS細胞研究所・小田裕香子研究室との共同研究により、マウスやiPS細胞も利用して、健康寿命延伸に向けた老化の人為的制御法の確立についても取り組んでいます。
Publications:
Ito T and Igaki T
Yorkie drives Ras-induced tumor progression by microRNA-mediated inhibition of cellular senescence
Science Signaling, Jun 1;14(685) (2020)
Nakamura M, *Ohsawa S and Igaki T
Mitochondrial defects trigger proliferation of neighbouring cells via a senescence-associated secretory phenotype in Drosophila.
Nature Communications, Oct 27;5:5264 (2014) (*equal contribution)
Ohsawa S, Sato Y, Enomoto M, Nakamura M, Betsumiya A and Igaki T
Mitochondrial defect drives non-autonomous tumor progression through Hippo signaling in Drosophila.
Nature, 490, 547-551 (2012)