発生ロバストネスの分子基盤/昆虫外骨格の3D形態ロジック
多細胞生物は1個の受精卵から複雑な組織・器官を形作り、個体を構築する。この多細胞生物の発生過程は、遺伝子の突然変異(内的な撹乱)や環境・栄養状態の変化(外的な撹乱)などにより影響を受けうるが、それら様々な内乱・外乱を受けながらも最終的には必ず決まった形・大きさ・機能をもつ組織/器官を形作るきわめてロバストなシステムであると考えられている。例えば、ある特定の遺伝子を半分量にしたヘテロ変異マウスが見かけ上正常な個体に発生する例は多数観察される。また、イモリの受精卵を半分にする、あるいはウニの細胞を2細胞期でばらばらにしてもなお、正常な個体が構築される(Spemann, 1903; Driesh, 1800年代終わり)。さらに、ショウジョウバエの発生過程において、成虫原基に損傷が起こると組織はそれを直ちに修復するが、その間個体発生は一時的に中断される(Andersen et al., Cell Cycle, 2012)。個体発生は時間軸に沿った精密かつ計画的な形作りのプロセスであり、その時系列の異常は発生過程に重大な破綻を引き起こしうる。つまり、生体はそのような時間軸の歪みをも補正して正常発生を実現させる機構を備えていると考えられる。しかし、このようなロバストな発生過程を成立させるメカニズムはほとんど分かっていない。当研究室ではこれまでに、翅成虫原基には細胞間コミュニケーションを介した「細胞ターンオーバー(細胞死と細胞増殖による細胞の入れ替え)」により正常な翅形成を支えるロバストな発生制御システムが存在することを明らかにしてきた(投稿準備中)。この細胞ターンオーバーの分子基盤やその普遍性、さらにはそれ以外の様々な発生ロバストネス制御機構を、ショウジョウバエ発生過程における「組織成長」と「形態形成」に着目しながら、遺伝学・ライブイメージング・理論的アプローチを用いて解析することで、発生ロバストネスを支える分子基盤の理解を目指している。
昆虫が示す様々な外部形態(翅や肢、角などの外骨格形態)は、「上皮シートの折り畳み構造」である成虫原基が3次元的に伸展することで作られる。原基の伸展は非常に速く、その間、細胞の増殖・移動がほとんど起らないことから、成虫の外部構造は折り畳まれた状態でほぼ完成していると推察される。しかしその場合、「外部構造を折り畳んだ状態で作った後に、展開する」という驚異的な現象が起こっていることになるが、どのような折りたたみ構造を作れば特定の外部形態が作れるのか、「折り畳み構造」と「外部形態」の因果関係は分かっていない。本研究では、ショウジョウバエをモデルとした遺伝学的解析・ライブイメージング解析および数理モデルの構築を行うことで、折り畳まれた細胞シートから3D形態を構築するロジックの解明を目指す。本研究は、新学術領域「生物の3D形態を構築するロジック」(領域代表:近藤 滋 先生)(平成27〜31年度)において、共同研究により行っています。

Recent publications:
Ohsawa S, Sugimura K, Takino K, Xu T, Miyawaki A, Igaki T
Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in Drosophila.
Dev Cell, 20, 315-328 (2011)
Igaki T, Pastor-Pareja JC, Aonuma H, Miura M, Xu, T
Intrinsic tumor suppression and epithelial maintenance by endocytic activation of Eiger/TNF signaling in Drosophila.
Dev Cell, 16, 458-465 (2009)