「細胞競合」の分子機構と生理的役割
生態系で見られるような生物個体間の生存競争に類似の現象が、多細胞生物を構成する細胞間のレベルにも存在することが近年明らかとなり、「細胞競合(cell competition)」と名付けられた。すなわち細胞競合とは、同種の細胞間で相対的に「適応度」の高い細胞(winner)が低い細胞(loser)を積極的に集団から排除する現象である。これは、1975年にショウジョウバエで最初に発見された現象で、最近では哺乳類細胞においても同様の現象が見いだされつつあるが、その分子メカニズムはいまだ不明な点が多い。細胞競合の生体内での役割としては、組織に生じた異常細胞の排除、幹細胞ニッチにおける優良幹細胞の選別、がん細胞による周辺組織の駆逐など様々な生命現象が示唆されているが、その生理的意義についてはまだまだ分からないことが多い。私たちの研究室では、様々な細胞競合モデル系を確立し、細胞競合の分子機構とその生理的役割、さらにはがんを始めとする種々の病態における細胞競合の役割と分子機序の解析を進めている。
ヒトのがんのほとんどは上皮由来である。上皮由来がんの発生・進展には、上皮細胞の頂底軸方向の極性(apico-basal極性)の崩壊が深く関与すると考えられている。私たちは、極性が崩壊したがん原性細胞がその周囲を正常細胞に囲まれると細胞競合の「loser」となって上皮組織から積極的に排除されることを見いだし、そのメカニズムを解析してきた(Igaki et al., Curr. Biol., 2006; Igaki et al., Dev. Cell, 2009; Ohsawa et al, Dev. Cell, 2012; Takino et al, Dev. Biol, 2014)。このことは、細胞競合が細胞間コミュニケーションを介した「組織内在性のがん抑制機構」を担っていることを意味している。私たちは、極性崩壊以外にも様々な細胞変化や突然変異によって細胞競合が引き起こされることを見いだし、その分子機構の解析を進めている。また、実際に細胞競合が生体内で「いつ」「どこで」「どのようなメカニズムで」引き起され、発生過程における器官構築やがんをはじめとする種々の病態発現に貢献しているのかを解析するとともに、理論家との共同研究を通じて細胞競合数理モデルを構築し、細胞間コミュニケーションを介した動的な恒常性維持システムの普遍法則の解明を目指している。


Recent publications:
*Takino K, *Ohsawa S, Igaki T
“Loss of Rab5 drives non-autonomous cell proliferation through TNF and Ras signaling in Drosophila“
Developmental Biology 395 (1), 19-28 (2014)
Enomoto M, Igaki T
"Src controls tumorigenesis via JNK-dependent regulation of the Hippo pathway in Drosophila"
EMBO Rep, 14, 65-72 (2012)
Ohsawa S, Sugimura K, Takino K, Xu T, Miyawaki A, Igaki T
"Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in Drosophila"
Dev Cell 20, 315-328 (2011)
Igaki T, Pastor-Pareja JC, Aonuma H, Miura M, Xu, T
"Intrinsic tumor suppression and epithelial maintenance by endocytic activation of Eiger/TNF signaling in Drosophila"
Dev Cell 16, 458-465 (2009)